生物学的生殖本能に反するストーカー規制法
~池袋ポケモンセンター刺傷事件を受けて~
生物学的生殖本能に反するストーカー規制法
~池袋ポケモンセンター刺傷事件を受けて~
【注意】このエッセイはストーカー加害者の側に立ち、弁護するものです。これまでのエッセイで最も過激で一方的かつ根拠が不十分です。それを踏まえてお読みください。
昭和時代まではストーカーはあまり社会問題にならなかった
昭和の頃は、待ち伏せなどの重い愛情はむしろ評価されていました。熱心、一途、情熱があると言われていました。「神田川」という歌に描かれるような密着した関係は理想的な恋愛像でした。また、「一緒に死のう」とか「心中」といったことも、美しい例えとして捉えられていました。もちろん、性犯罪がなかったという訳ではありません。
拒否権が重視される現代
時代が進むにつれて女性の権利や恋愛をしない権利、要は拒否権が尊重されるようになってきました。やがて、重い恋愛感情は真逆の「恐怖」と捉えられるようになりました。一部ヤンデレ好きがいるのは例外です。私は少子化とも結び付けたかったのですが、エビデンスが足りないので次の機会にします。
ストーカーは病気でなく人間本能
精神科医でない、精神医学マニアの私でもストーカーに関する相談を寄せられることがたまにあります。殺さない限り、大抵のケースは生殖のための人間本能で説明できます。また、基本的に病気とは区別されるべきものではないかと考えます。もし仮に病気であるとしても、結局は子孫を残すための生殖本能で説明できます。進みすぎた法律や社会の倫理観、価値観が本来の生殖本能に反しているので、何とかして子孫を残そうと働きます。その結果、執拗に接近するのです。拒否権を行使されたり失敗経験が重なると、次の人を見つけるという選択肢も困難に感じます。「次の人で同じように失敗するならあの人がいい」などというように固執していくのです。時には、暴力を用いてまで支配することもあります。その原因は社会なのです。
池袋ポケモンセンター刺傷事件について
ストーカー規制法は生殖権の喪失に少し近いところがあります。相手を愛していればいるほどです。旧優生保護法で子供を作れなくなった人が抑うつ状態になるという研究結果があります。ストーカー規制法の場合も同様ではないでしょうか。研究倫理的問題がありデータはないのですが、生殖権を失った人はキラーマシンになるのではという懸念も、少数ですがSNSで見受けられます。ここだけの話ですが、私もストーカー事案に関わったことがあるのでそれに同意します。最後の抵抗は心中という愛の例えを実行することです。その根拠が今回の事件です。
2人の死をストーカー事件として片付けて良いのでしょうか。ストーカー問題は、規制だけで解決するほど人間本能は簡単ではありません。社会がその問題をよく研究し、拒否権と生殖権の折り合いをつけるように努力しなければなりません。
2026年4月2日 19歳